ストーリー

五ヶ瀬町 伝統の味と香りが今に生きる「釜炒り茶」

五ヶ瀬緑製茶 興梠 洋一さん

生産量約1%未満の「幻の日本茶」

五ヶ瀬町では、標高500mから800mの高地で茶葉が栽培され、茶畑が階段のように連なっています。
宮崎県内でも冷涼なこの地域は、雨量、土質、霧などの自然条件が高品質な茶葉の生産に適しており、いたるところに山茶が自生しているほど。害虫も少ないため、無農薬での栽培を行いやすいのが特長です。
そんなこの町は、全国的にも珍しい『釜炒り茶』の生産地でもあります。『釜炒り茶』とは文字通り、「直火の釜で炒ったお茶」のこと。
炒ることで茶葉の発酵を止める手法は15世紀に中国から伝来したもので、長い間、日本でも“庶民のお茶”として親しまれていました。
しかし18世紀に“蒸し製”のお茶が主流となってからは、九州のごく限られた地域でしか生産されておらず、今となっては全国のお茶生産量のうち約1%にも満たない“幻のお茶”となったのです。

緑茶の中でも群を抜く その芳しい香り

釜炒り茶が蒸し茶と異なる点は、その製法だけではありません。
蒸し茶は、茶葉の青々とした風味を生かした味が特長ですが、釜炒り茶はむしろ、炒ることでその青臭さを一気に飛ばしてしまいます。
代わりに、奥の方に隠されていた茶葉の豊かな香りを存分に引き出すのです。
「釜香(かまか)」と呼ばれるその独特で芳しい香りは、一度かげば蒸し茶との違いは歴然。
飲むと、渋みが少なくあっさりとして、ゴクゴクと何杯でも飲めてしまうような清々しい味わいが楽しめます。

シンプルだからこそ 職人の腕が光る

釜炒り茶作りはまず、摘みたてのみずみずしい茶葉を、300度に熱した鉄釜で炒るところから始まります。
茶葉に均一に火を通すため、鍋肌に手が触れないよう注意を払いながら、空気をはらませるように絶え間なく茶葉をかき混ぜます。
次に、釜から下ろしてざるに広げ、手のひらを使って茶葉を転がすように揉んでいきます。葉の繊維を壊しすぎない絶妙な力加減は、職人の感覚だけが頼りです。
この作業と乾燥を繰り返すことで、釜炒り茶の特徴の一つである捻れて丸まった“勾玉形”が作られていきます。
シンプルながら手間のかかる作業だからこそ、作り手である職人の技が、その品質を大きく左右するのです。

世代、国境を越えて愛される日本茶に

近年、海外でも高い評価を受けている日本茶。釜炒り茶も例外ではありません。
パリ、アメリカで釜炒りの実演を行ったという『五ヶ瀬緑製茶』の興梠洋一さんは、その注目度の高まりを実感しているといいます。
「釜炒り茶を知らない若年層や外国人の方でも、一口飲めば、そのおいしさに気づいてくれるんです」と顔をほころばせます。
その独特な香りと味は、世代や国境を越えて人々を引きつける魅力があるようです。
また、五ケ瀬町の土壌を生かした無農薬栽培を真摯に追求し続ける興梠さんの姿勢も、人々が関心を寄せる理由の一つなのかも知れません。

伝統の手法を継承するために何ができるか

五ヶ瀬町では昭和30年代後半まで、どの農家でも手炒りで釜炒り茶を作っていたといいます。
しかし昭和40年代に進んだ機械化の流れとともに、昔ながらの製法が廃れつつある現状があります。
そんな中、五ヶ瀬町のお茶の生産者が集って結成した「新緑会」では、学校で茶摘み・手炒り体験授業を実施したり、『特産センター五ヶ瀬』で実演を行ったりなど、その技を継承する活動を行っています。
さらに、興梠さんの元には、釜炒り茶の製法を学びたいという人が国内外から研修に訪れます。今ではほとんどの工程を機械化したという『五ケ瀬緑製茶』でも、研修生には必ず一度は手炒りの製法を実践してもらうのだといいます。
「決して機械が悪いというのではありません。しかし、原点である手炒りの良さを知っていなければ、機械を生かすことはできないのです。時代に寄り添う形でこの技術を継承していくにはどうすればよいか。それぞれのメリットを十分に理解した上で、そのやり方を模索していくことが大切だと考えています」と興梠さんは話します。