椎葉村 日本で唯一継続して行われている焼畑

唱え事から始まる火入れ

「このヤボに火を入れ申す ヘビ、ワクドウ(蛙)、虫けらども、早々に立ち退きたまえ
山の神様、火の神様、どうぞ火の余らぬよう また、焼き残りのないよう、お守りやってたもうれ」
椎葉勝さんは山の神にお神酒を上げた後、山に向かって火入れの唱え言(となえごと)を発しました。
その後、乾いた竹の先に火を付けたものやバーナーで山に火を付けます。1,000年以上続く焼き畑の火入れです。
宮崎県椎葉村尾向地区、標高900メートルの山中で、古来より続く焼き畑の火入れが行われました。

循環型の農法で行うエコシステム

伝統的農法である椎葉の焼き畑は、30アールから1ヘクタール程度の小規模な範囲で森林を伐採し、木材を搬出、
下草を焼き払って耕地を形成し、初年度はソバ、2年目にヒエ、アワ、3年目アズキ、4年目ダイズを栽培した後、
20年から30年程度の休閑期間を設けて森林に戻し、地力が回復した後、再び焼き畑を行う循環的な農法です。 
焼き畑は、かつては西日本、日本海沿岸地域を中心に全国の山間地で行われていましたが、
戦後拡大造林が行わるとともに減少し、昭和30年代にはほとんど行われなくなりました。
火入れを夏のこの時期に行うのは、周辺の木々が水分を含み延焼しにくいことや、
ソバを蒔いてから75日、霜が降りる前に収穫ができるからです。
ソバ、ヒエ、アワ、いずれも椎葉家がずっと種継ぎをしてきた在来品種。
特にソバは前年のものを蒔かないと発芽率が下がってしまうので毎年蒔いて収穫する必要があるといいます。

防火帯を作り上部から火を入れる

昨年秋に木を切り出し、下草や竹などを刈っておいた山の斜面に火を入れます。
今回の場所は30アールほど。焼く場所の周辺は木や草をどけて防火帯をつくります。そして上から火を入れていきます。

激しい熱風とともに一気に燃え上がる

パチンパチン、と竹が爆ぜる音が向かいの山にこだまし、だんだんと火の面積が増えていきます。
山を這う火の手はとても熱く、熱風があたりを覆います。
木や草が焼ける匂いが広がります。両脇から段々と火が中央に集まり、最後に空に上がっていく白い煙は、あたかも白い竜が天の昇っていくようでした。

鎮火後、そばの種を蒔く

30アールは11時に火を入れてから2時間ほどで鎮火します。昼食を挟み、13時からソバの種まきです。
火が消えてあたり一面灰に覆われた斜面に、ソバの種約15キロを勝さんらが手早くまきます。
参加者はササの枝で地面をならして灰に混ぜ込んでいきます。
灰がもうもうと上がって息が苦しく早々に私は退散しました。するとほどなくして雨がざーっと降ってきたのです。

人間と自然が共存する循環

その椎葉村で焼畑を行っている椎葉勝さんに話を聞きました。
 「現在、焼畑でソバ、ヒエ、小豆、大豆、平家カブ、平家大根を作っています。
山を焼いて4年ほど作物を栽培をした後は、25年から30年間その場所では畑作を行わず、次の場所へ移動するんです。
今、焼畑を行っているのも、父親の代に焼いて以来の場所なんですよ。

 新しい焼畑の1・2年目は焼けた臭いを嫌って猪も虫もやって来ないので、完全無農薬で作物ができるんですよ。
それが3年目、4年目になると、雑草が増え、それに伴い虫もやって来ます。山が強くなって、再生していくんですね。
そうするとまた次の場所へと移動するんですよ。

 山を焼いて、その土地を利用し、その土地は元の山の姿へと戻っていく。そしたら違う場所を焼いて…。人間と自然が共存する循環がずっと続いているんです。」 

焼畑を介して森をつくる

 「焼畑は森の再生にもつながります。もともと50種くらいしかなかった植物が、焼いた跡には300種もの植物が生えてきます。
専門家に話を聞いたところ、土の中に眠っていた種が目を覚ますらしいんですよ。そうやって、焼畑の跡は、元の山の姿に戻っていくんです。

 自然に生えてくる植物に加えて、クリや桜、カエデ、ミズナラなど、動物のえさになる植物を植えるようにしています。
そうすることで、10 年20年経った焼畑の跡は木の実がたくさんなる森となり、木の実を食べにイノシシやシカなど動物が やって来るようになります。

 その結果、シカやイノシシが本来の生息場所の山に戻ることで、餌を求めて人里にやってくることが少なくなっていくんですよ。」

伝統農業を継承していくために

「これからの課題は後継者づくりです。地元の小学校では30年くらい前から授業に焼畑の体験を取り入れているのですが、若い人たちが受け継がない限り、焼畑は途絶えてしまいますからね。

 最近では焼畑をしようと、Iターンで村にやって来る若者もいます。世界農業遺産に認定されたことで注目が集まれば、そういった人が増えるのではないかと期待しています。
そして昔のように、村のあちらこちらから焼畑の煙が上る。そんな風景が見られるようになればいいですね。」