ストーリー

農民の農民による農民のための「小水力発電所」

大人発電農業協同組合 理事長 田中 弘道さん

一帯に棚田が広がる農村風景が美しい日之影町の大人(おおひと)地区。
山々に囲まれたこの地区へ米づくりに欠くことのできない水を運んでいるのは日之影町がある高千穂郷に特徴的な“山腹用水路”だ。

土地のほとんどが渓谷の斜面にある高千穂郷では、河川から水を引くことが困難なため山中に水源を求めるしかなく、その水源から水を引くためにつくられたのが山腹を這う山腹用水路で、長いものでは総延長81kmにもなる。

大人地区に水を運ぶ山腹用水路は山を一つ越えた追川から取水されており、急峻な山腹を10kmほど縫って棚田に水を供給している。

山腹を縫う用水路。蓋をすることで小水力発電の妨げになる落葉などゴミが入るのを防いでいる。

用水路のさらなる活用法

大人地区の山腹用水路が完成したのは大正11年のこと。安定した収量が見込める水田での稲作を渇望した先人たちの努力によるもので、もともと10haほどだった地区内の水田は用水路の完成後30haにまで広がったという。
以来、地区の人たちによって大切に維持管理がなされてきた。

そんな山腹用水路を、地域のためにさらに活用できるのではないか。
そう考えた一人の人物がいる。平成23年(2011)に『大人用水組合』の組合長に就任した田中弘道さんである。
「私が組合長になった時にはすでに水路の三方張も蓋掛けも終わっていたので、やることはほとんどありませんでした。そこで何かできることはないかと、用水路のさらなる活用法を思案したんです」

田中さんが目を付けたのは、用水路を流れる水を利用した小水力発電でした。
「用水路の水で発電を行い、売電すればさらに地域のためになるのではないかと考えたんです。大人地区では高齢化が進んでおり、水路を始めとする農業施設の維持管理が困難になりつつあります。さらに、地区に古くから伝わる伝統芸能『大人歌舞伎』と『大人夜神楽』を後世に伝えていかなければなりません。発電による収益をうまく使えばそれらの課題の解決につながるはずだと思いました。

『大人歌舞伎』
九州唯一の農村歌舞伎。400年以上の歴史がある宮崎県無形民俗文化財。4月の桜公演と10月の本公演があり、県外からも多くの客が訪れる。

『大人神楽』
11月から2月にかけて実りに対する感謝と翌年の五穀豊穣を祈願して奉納される。

一体となって設立された発電農協

田中さんの提案によってすぐに動き出した小水力発電所の建設計画ですが、クリアしなければならない課題がありました。

「今となっては笑い話ですが、地域をまとめるのが大変でした。発電所を建設・維持するために農業協同組合を設立することになったのですが、その出資金だったりさまざまな権利関係だったり。先行して小水力発電所建設に取り組んでいる地域がいくつかあるのですが、地域がまとまらずに未だ実現していないところが多いんです。うちは歌舞伎や神楽といった伝統行事のおかげで地域の連帯感が強く、なんだかんだ言いながらもみんなが地域のことを思っているからこそ発電所の建設が実現できたんです」

田中さんの働きかけもあり、平成28年(2016)に設立された『大人発電農業協同組合』には非農家も含めた同地区の公民館員全員が加入している。

地域そして伝統を守りつづけるために

平成30年(2018)に完成した発電所は『大日止昴(おおひとすばる)小水力発電所』と名付けられ同年から稼働を始めている。初年度には1,000万円を超える売上があり、維持管理費などを差し引いた収益は防犯灯の設置など地域に還元されたという。

用水路の取水口から約85mの落差を利用して発電。発電に使われた水は川へと戻って行き、環境に負荷をかけることはない。

「最小限の発電でも年間250万円ほどは益金として残るので、そのうち20万円を公民館の支援にまわしています。75歳以上になって公民館の館費が免除になる住民が増え、収入が先細りになっているのを補填するためです。さらに、歌舞伎と神楽には公民館が各世帯から徴収している“祭り費”が充てられているのですが、この先は支援の額を増やして、世帯からの徴収をなくしたいと考えています。
こうやって公民館を支援できるのは、地区の全世帯が発電農協に入っているからこそなんですよ」

先人たちが築き上げた用水路に新たな価値を与えた、農民の農民による農民のための小水力発電所。大人地区のこれからを支える大きな役割を背負って今日も発電を続けています。