ストーリー

高千穂町 笑顔と可能性を広げる女性農業者の挑戦

あまてらすの娘たち 佐藤孝子さん

高千穂町役場から車で30分ほど、緑の濃い上岩戸の山あいにある『カフェ 風の道』。
谷間を見下ろすようにして立ち、山肌を伝って吹く風を迎える。まさしく“風の通り道”にある、憩いの場だ。
同店を営むのは、農産物の加工品製造・販売などを行う『あまてらすの娘たち』代表・佐藤孝子さん。

佐藤さんはおよそ13年前、腰痛を患ったことを機に、それまで従事していた農業の規模を縮小し、代わりに新しい挑戦に乗り出した。

当時、米の消費拡大運動が盛り上がっていたこともあり、自分も自家精米で何かできないかと、独学で米粉のパン作りに着手した佐藤さん。自宅脇に併設した工房で仲間たちと共に2008年『そよ風工房』を立ち上げた。
手掛けたのは米粉パンだけではなく、自家生産した夏秋トマトで仕込んだトマトソースを使った米粉ピザも製造・販売し、そのおいしさが話題を呼んだ。さらに、工房からの眺めが美しかったことから「ここから臨む景色を楽しみながら食べたい」という声をお客さんからもらうようになり、夫・峰雄さんの手厚いサポートを受けつつ、自宅の一部を改装して2010年にカフェをオープン。
テレビ朝日の人気番組の取材が入り、紹介されたことも追い風となり、あっという間に全国各地からお客さんが訪れる人気店となった。

『カフェ 風の道』は、ついつい長居してしまうような心地よく温かい雰囲気で満ちている

第一歩を踏み出してから現在に至るまでの道のりは順調に見えるが決して平坦ではなく、その随所で家族や友人たちの力添えがなくてはならなかったと、佐藤さんは強調する。
「トマトソースの作り方も友人から教わったし、『このソースで何を作ろうか』と考えあぐねていた時に『ピザがいい』と助言をくれたのは姉でした。カフェの運営も手伝ってくれる人がいなければ成り立たなかったし、町や県などの行政も、相談すれば応えてくれる。ここまでこられたのは私だけの力ではなく、“つながり”が必要不可欠だったと思います。
それと大事なのは“やる気”ね。できないと思って諦めたら終わりですから。技術よりも、やる気が大事ですよ!」と、朗らかな笑顔で語る。

規格外のキンカンがヒット商品に

佐藤さんは現在、仲間と合同会社『あまてらすの娘たち』を立ち上げ、カフェ・レストランの営業と並行して、柚子胡椒や葉ニンニク醤油漬け、おやきなど、高千穂産の農産物を使ったさまざまな加工品の製造・販売を行なっている。
中でもここ数年で大きく売り上げを伸ばし、成長した商品が、キンカンのドライフルーツ「月読の実」だ。

きっかけは、出荷できない規格外のキンカンが目に留まったことだった。
「形が悪い傷物のキンカンでも味は十分においしく、廃棄するにはもったいない。どうにかできないか」と、シロップで煮たキンカンをドライフルーツすることを思いついたのだ。元は高品質なキンカン、市場に出れば高値で取引されるため、購買層も限られる。しかしこうして規格外品を加工して手頃な価格で売れば、多くの人にそのおいしさを届けられる。一石二鳥のアイディアだった。
それでも以前は「個人でつくるものだから」と細々売り出していたが、同社の立ち上げとともにネーミングやパッケージなども一新し、売り方を見直すことに。ともに会社を設立した仲間のアイディアで、社名と同様、神話になぞらえて「月読の実」と命名した。由来は、月を司る夜の神様として知られるツキヨミノミコトだ。これが大きく当たり、2020年には4000袋を売り上げる看板商品となった。

今までもこれからも
変わらぬ想いでひた走る

「月読の実」の製造工程には、ヘタ取りやカット、種出しなど…労力のかかる手しごとが欠かせない。佐藤さんたちは事業の拡大に伴って、これらの下ごしらえを町内の福祉作業所に委託するなど、新たに「農福連携」にも取り組み、就労機会の提供にも貢献している。
2020年にはこれらの実績が評価され、宮崎日日新聞農業技術賞の6次産業部門受賞を果たしている。

「高千穂は農作物の宝庫だけれども、品質は何も劣らないのに規格外だから市場に出せず廃棄されるものも多く、心苦しく感じていました。それらを使った加工品を生み出せばお金になるし、農家さんも喜ぶ上、新しい雇用やつながりが生まれていくのではないか、と考えたのがすべてのはじまり。
何より、私たちもいろんなものづくりに挑戦できますし、そうやってどんどん可能性が広がっていけばいいな、と。その思いはずっと変わらず、これまで取り組んでいます」
早期から6次産業化に取り組み、徐々にその手を広げながら今日まで走り続けてきた佐藤さんたちの活動から、今後も目が離せそうにない。