ストーリー

諸塚村 厳しい生産環境が生んだ相互補完システム「農林複合経営」

複合経営者 小川重好さん

生産者の負担を軽減する
椎茸産業への取り組み

見渡す限りの山々、そこには「モザイク林相」と呼ばれる独特の景観がある。
用材となるスギ・ヒノキなどの針葉樹林、椎茸原木となるクヌギなどの広葉樹林、これらが中規模自営林家の所有する森林においてそれぞれ管理されることにより、形成されたものだ。
これらを眼下に望みつつ、うねる山道をたどり車を走らせてやってきたのは諸塚村の「椎茸団地」。

村内の4ヶ所に役場が管理する椎茸栽培のための施設が存在していて、それらは「椎茸団地」と呼ばれている。椎茸団地には椎茸の原木栽培に必要な設備が備えられており、希望する生産者に貸し出しを行なっている。
従来、椎茸の原木(ホダ木)を管理するホダ場は険しい山の斜面に分散しており、そこでの作業は危険を伴うかなりの重労働だった。乾燥椎茸輸入品の増加による価格の低迷で生産量が年々減少傾向にあった中で、これらの問題を解消し、生産性の向上を図ろうという取り組みが、椎茸団地の整備であった。

椎茸団地は平坦な地にあるため、急斜面での危険な作業がなくなる上、原木の玉切り・植菌・浸水・栽培・乾燥などの工程をすべて備え付けの重機等を活用しながら行えるというメリットもある。

小川重好さんはこの場所で、椎茸の原木栽培に従事している生産者の1人だ。
8月のとある日、小川さんのホダ場では「天地返し」の作業工程の最中だった。

夏が訪れると、盆を迎える前に「天地返し」を行う。ホダ木内部の菌を均一に行き渡らせるため、一つひとつ、上下をひっくり返していく。

平地での作業で負担が大幅に軽減されたとはいえ、これらの作業はすべて人力で行われる上、原木を使った椎茸栽培には長い年月を要する。
ホダ木となる椎茸原木は10〜11月に伐採して2〜3月に菌を植えつけたのち、長いものでふた夏は寝かせなければ菌が行き渡らず、椎茸が発生しない。
さらに伐採後の切り株が萌芽により再び育ち、ホダ木として再利用できるようになるまで、およそ2〜30年を要するのだと小川さんは言う。
実に根気を必要とする長期的なプロセスに、自然を相手にしていることをひしひしと感じさせられる。

長年に渡り手をかけて、循環利用してきた原木も、後継者不在や高齢化などの理由で不要になるケースも。それらを無駄にしないよう、「原木を必要としている人」と「所有しているが不要になった人」をマッチングさせる「椎茸原木銀行」というサービスも存在する。
こういった村独自のシステムが、全国有数の原木椎茸産地としての名を守り、支えているのだ。

お茶の生産者としての顔も
未来を切り開く新たな挑戦

小川さんは椎茸生産者でありながら、お茶のシーズンになれば同村にある「釜の前茶工場」で釜炒り茶の製造にも携わっている。釜炒り茶とはその名の通り、釜で茶葉を“炒る”ことで発酵を止める緑茶の一種。九州の中山間地でしか生産されていない希少なお茶で、全国で生産されている緑茶のわずか1%ほどとも言われているが、同村の茶生産においてはむしろ主流だそうだ。
小川さんはこれらの製造に加え、新たに「もろつかウーロン茶研究会」を立ち上げ、これまであまり利用されてこなかった二番茶をウーロン茶として加工し、商品化する取り組みを進めている。国内における緑茶の消費が減少傾向にあるなどの課題に直面する中、これで諸塚村産のお茶に新たな価値を付与する考えだ。ウーロン茶の製造工程は釜炒り茶と似ているため、釜炒り茶を製造するための機械をそのまま利用できるという点も、大きな追い風となった。

諸塚村役場にて、ウーロン茶の試飲会を行なった。

商品パッケージも形に。商品化は目前だ。

試作の際には工場に泊まり込みで作業をすることもあるという小川さん。
まだ試行錯誤の最中だが、「ゆくゆくは諸塚村のふるさと納税返礼品の目玉となるほど、魅力的な商品に育ってくれれば」と期待に目を輝かせる。

モザイク林相があらわす人々の営み

小川さんのように、用材、椎茸、茶など、複数の産業を組み合わせることを「複合経営方式」といい、同村には複合経営の小規模農林家が多数存在する。
「平地が極端に少ない厳しい環境で、リスクを軽減するために先人たちが確立させたのでは」と小川さんは話す。
面積のほとんどを山林が占め、平地はわずか1%ほどという特異な環境で、その営みをしなやかに変化させて自然と共生・調和した暮らしを築き上げた諸塚村の人々。
同村の山肌を覆うパッチワーク状の森林は、その生き方を象徴したものといえるのではないだろうか。