ストーリー

日之影町 自然の営みに寄り添う「循環型林業」

樹(いつき) 工藤建樹さん

「幼い頃に見た川や山の姿が、変わってきていると感じました」

日之影町で生まれ育った工藤建樹さんは、地元を離れ建設業に従事したのち、20代後半で帰郷。森林組合の知り合いから声がかかり、林業に足を踏み入れた。
その時はじめて、かつては木々に覆われていた山肌が露出しているなどの光景を目にし、幼い頃に慣れ親しんだ自然がじわじわと失われている事実に気がついたと言う。

その後『日本木材青壮年団体連合会』に所属し、木材産業に携わる全国の経営者と交流する機会を得たことで“山を守り育てる人材”が減っている現状を知り、一層危機感を強めた工藤さんは一念発起して「循環型林業」に係る取り組みをスタート。
現在では個人事業『樹』を立ち上げ、担い手の育成や木育などにも力を入れている。

深刻な後継者不足 林業のイメージを変える

30年連続でスギ素材生産量日本一を誇る、全国屈指の林業県である宮崎(令和2年木材統計)。
しかし工藤さんは、山を守り育てていく分野は弱いのではと指摘する。

「2020年にコロナ特需で材価がグッと上がり、素材生産が軌道に乗っていることもあり、どうしても植樹が追いついていない現状があります。林業の特性上、林産の比重が大きくなりがちなのは仕方ないことですが、その原因の一つには“後継者不足”の問題もあります。

ひと昔前は“一、二世代後のお金になるから”という考えが植樹を後押ししていました。
しかし中山間地域の過疎化が進む現在では後を継ぐ人材が確保しづらく、“植えたところでしょうがない”という意識が深く根付いてしまっていることは確かです」

この問題について日之影町では、林業に対する「きつい・汚い・危険」という旧時代的なイメージを払拭し、正しい認識を広めるため、地元の小中学生などを対象とした木育を行っている。
工藤さんは、講話者として登壇したり、体験授業の受け入れを行ったりなどで貢献している。
「子どもたちからは『もっと危ないものだと思っていたけれど、自分たちでもできると思えるようになりました』と言ってもらえることも多いです。
やはり実際に現場を見て、仕事を体験してもらうと、それまでのイメージが大きく覆るようです。林業の敷居が低くなったと感じられると、やってきたことの成果がみえてうれしいですね」

後世につなぐ山づくり

植えて、育てて、切り、また植える…いわゆる“循環型林業”は、単に森林資源の循環利用のためだけのものではないと工藤さんは話す。

「森林にはいろいろな機能があり、そのどれもが“自然の循環”に無くてはならないものです。例えば保水機能ひとつとっても、雨が振り、樹木が一時的に水を蓄え、それが川へ海へと流れて、やがて蒸発して雲になり、再び雨になる。この“自然の循環”に果たす森林の役割が実は最も重要で、守るべきものだと私は考えています。
ですから、単にスギを切ったらスギを植えればいいというものでもありません。人工林で土壌が浅くなり保水能力が低下してしまった山には、一旦、広葉樹などを植えて土が肥えるまで落ち着かせるといった判断も時には必要です。
高千穂郷・椎葉山地域で今なお継承されている神楽や注連縄文化は、昔の人々の自然を敬う気持ちや“地球の上に住まわせてもらっている”という意識の表れではないでしょうか。
現代に生きる私たちにも、きっと同じ心が備わっているはず。
人間本位でなく、“地球のため”という観点に立った選択も必要だと思うのです」

自然とともにある林業の理想的なあり方を模索し、広めようと努める工藤さんの視線の先にあるのは、遠い未来だ。

「山づくりは、畑の野菜のようにはいきません。タネをまいても、結果が実るのは40年後か50年後か…。それでも、国土保全のため、私たちの貴重な財産の継承のため、後世につなぐ山づくりを続けていきたいと考えています。そしてゆくゆくは、森林や河川、田畑などからなる山村の風景を以前の姿に戻すことが一つの目標です」